ボクの幼少時代


戸畑区三六、というところで育ちました。
いまじゃその家も取り壊されてありません。

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この写真はうちの斜め向かいにあった、
川原写真場の川原さんのコレクションから。

 

 

昭和35年頃は八幡製鉄や日鉄化学が全盛の頃で、
いまでは寂れたこの商店街も労働者で賑わっておりました。
間口3間の小さな薬局でしたので、
閉店のときはサトちゃん(オレンジの象さん)を片付けたり、
ちり紙(今ならティッシュですが)の陳列を
店内に仕舞ったりしてお手伝い。

祖母が漢方をやっていたので、遊び場が生薬棚でした。
竜骨や牡蠣、タツノオトシゴをオモチャにもらってました。

父の実家は胃腸病の湯治で有名な湯平温泉
石畳で有名な写真には必ずといってよいほど写る場所にあった
温泉旅館でした。

いまから思えば胃腸科医になるのも必然だったかな、なんて思います。

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